相場の急落局面で、個人投資家のSNSは阿鼻叫喚になります。では同じ日、資産数十億円規模のファミリーの資産管理の現場では何が起きているのか。
20年以上この仕事をしてきて言えるのは、驚くほど何も起きていない、ということです。ただしそれは「何も考えていない」からではありません。考えるべきことを、暴落の前に済ませているからです。
暴落の日に電話が鳴らない理由
急落時のプライベートバンクで、顧客からの狼狽の電話は思うほど多くありません。理由は3つあります。
1. 資産が「目的別」に区分されている
富裕層の資産管理は通常、目的別の階層に分かれています。
| 階層 | 目的 | 特徴 |
|---|---|---|
| 守りの資産 | 家族の生活・事業の継続 | 何があっても取り崩さない前提で設計 |
| 中核資産 | 長期の資産成長 | 10年単位。途中の変動は織り込み済み |
| 攻めの資産 | 機会への投資 | 失っても計画が壊れない範囲に限定 |
急落で傷むのは主に下の2つですが、生活と事業は「守りの資産」で守られている。だから慌てる必要がない。暴落への耐性は、暴落が来てから作るものではなく、設計段階で作り込むものなのです。
2. 「いくらまで下がりうるか」を事前に共有している
私たちは平時のミーティングで、必ず最悪シナリオの数字を共有します。「この配分なら、リーマン級の危機で資産は一時的に○%減少しえます」と。事前に数字で知っていた下落は、恐怖ではなく「想定の範囲」になります。
人が狼狽するのは、損失の大きさゆえではなく、想定していなかったがゆえである。
3. 行動のルールが決まっている
「中核資産が○%下落したら、リバランスを検討する」「攻めの資産の追加投入は、この条件を満たしたときだけ」。ルールを平時に文書化しておけば、急落時の意思決定は「判断」ではなく「実行」になります。感情が入り込む余地を、構造的に減らしているのです。
暴落時に富裕層が実際にすること
では、彼らは急落時に本当に何もしないのか。実際には、静かにいくつかのことをしています。
- リバランス — 下落した資産クラスを、計画配分に戻すために淡々と買い増す。これは「勇敢な逆張り」ではなく、機械的な作業です
- 税務上の対応 — 含み損の実現による税負担の最適化など、下落局面でしかできない事務を進める
- リストの点検 — 「いつか適正価格になったら持ちたい」と決めていた資産のリストを見直す。暴落は、優良資産が投げ売りされる数年に一度の機会でもあるからです
- 事業と雇用の確認 — 資産より先に、収入の源泉である事業への影響を確認する
共通するのは、すべて平時に準備されたリストとルールの実行だという点です。暴落の最中に新しいアイデアを思いつく必要は、どこにもありません。
個人投資家への翻訳
この行動様式は、資産規模に関係なく翻訳可能です。
- 生活防衛資金を分離する(守りの階層を作る)
- 自分の配分で「最悪の年に何%下がりうるか」を数字で把握しておく
- 下落時の行動ルールを、下落が来る前に一枚の紙に書いておく
富裕層の強さの本質は、資金量ではなく準備の周到さにあります。そして準備は、誰にでもできることです。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品や投資行動を推奨するものではありません。